Hana Ho'omaluhia ~「平和で静かな場所の魔法」

深い悲しみや心の傷、苦しみを癒すヒーラーです 

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境界線を引く2

介護に疲れている人が多くなってきている今、もう一度境界線の問題を取り上げて見ます。
境界線の問題を持っている親と距離を置きたくても、介護という問題が持ち上がり
いつもそばにいて 世話をしたり会話をしたりしなければならないとしたら かなり大変です。
プロにお任せするという事も大事です。
介護を楽にするための道具やサービスをなるべく利用してみましょう。
また、プロに100%任せる事が出来ない場合、やはり 自分が消耗しきらないためにも
境界線を引くときに大事な考えを掘り下げてみます。
(境界線については 過去に書いた記事をご覧ください。)
境界線を引くときに 難しいと思うのは、相手が私たちの考えや行動が気に入らないときに示してくる
不快感を我慢しなくてはならない点です。
こちらが本当に思っている事をいったり、期待にこたえられなかったりすると、相手がとたんに被害者として大げさに振舞ったり・・・たとえば「よくそんなことができるね」と責めたりののしる、或いは泣き出したりする、不機嫌になるとか困った態度を示してきます。
このような態度に うまく対処できないと 境界線を引くのが難しいのです。
彼らは私たちの罪悪感に訴えたり、哀れみに訴えたり、或いは耐えられないほど非難したりと
ありとあらゆる手段で 私たちがまるでいけないことを言ったかのように 錯覚させるのがうまいです。
なので、まずは そういうネガティブな反応が返ってくるということを100%予期して  前もって心の準備をしておくのが助けになります。
ここで どう対処していいかわからず、固まってしまうと とても辛いと思います。
まずは冷静に対処するという事が1つめです。
自己防衛に走って自分まで攻撃をはじめたりしないようにします。
彼らの反応を真に受けない事です。自分を責めたりするのはもってのほかです。
わかってもらおうとしたり、論争したり、相手を変えようとしても無駄です。
ただ できることは 譲れない事は譲れないのだという事をはっきりさせるだけです。
「 がっかりさせて 申し訳ないけれど 私にとって ●●は大事なのです、■はできないです」
といわなければならないのです。
ここで一番大事なのは 考え方です。相手の人(親やパートナーや友人など)は私たちの行動、言動
で誰しも影響を受ける事は確かですが、彼らの幸せが私たちの行動、言動しだいで決まるのではない。ということです。
私たちは、相手の気分を一番に考えて何事も決めなくてはならないとしたら、自分の人生が生きれなくなります。進路や計画、結婚相手など いろいろな自分のテリトリーに侵入させていると身動きがとれなくなります。
境界線の問題を持っている人たちは、自分の不快感、不幸、ショックを感じたことを他人のせいにします。
本当は自分がその気持ちに責任を持たなければならないところを 責任転嫁します。
なので、そういう圧力に巻き込まれないように しなければならないでしょう。
こういう「エネルギーを奪われない考え方」をしっかりさせていないと
ただ 表面的に 理不尽な要求をされたときにNOといっているだけでは 苦しくなります。

たとえば、介護しているときは 相手は病人だから、年を取っているからと、弱っているからと遠慮して
無理な要求にもしぶしぶと答えたりしていると 次第に無理がたたって自分が壊れてしまいかねないのです。
過剰な義務感を持っていないか考えてみてください。彼らの感情に責任を持つのは彼らなのです。
彼らの承認がなくても (たとえば 介護をしてくれて ありがとうといってもらえる)罪悪感を持つことなく、自分を守って欲しいと思います。

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テーマ:介護をしている家族(人達)のケアも大切 - ジャンル:福祉・ボランティア

境界線 define the boundaries | コメント:1 | トラックバック:0 |

境界線を引く

機能不全家庭で育った人は境界線の問題をを抱える事が多いかもしれません。

他人の問題も自分の問題として考え込むところがある。
(相手が怒ったり、威圧的、感情的に攻撃してきたり、トラブルを起こしたりする場合、
不安や恐怖を感じてたり、自分のせいなのかと考えたりする)
他人の責任範囲まで自分が背負ってしまう
(理不尽な事、無理な要求にNOといって一方では罪悪感を感じる)
ここでNOと言えない人もいたりします。
他人が決めたり、できたりする事にまで手を貸す
(無意識のうちに 頼まれる前に助けを差し伸べるなど)

これらは親切というものと混同されやすいかもしれません。
境界線を引くという事が つきはなすような感じになる事へのためらいを感じるかもしれません。
愛情に溢れる人でいながらかつ、境界線を引いていくというバランスは保てるのでしょうか?

境界線を引いていないと、他人の言動や機嫌、態度に左右され疲れやすく、
ストレスを溜め込みやすくなってしまいます。
無理を言う人、トラブルを起こす人、威圧的な人は不愉快ではありますが
その人たちの言う事をまともに受け取る必要はないのです。
自分を責めたりして 無防備で無駄に自分の心を傷つけることも不要なのです。
そのために、怒ったり、威圧的、感情的に攻撃してきたり、
トラブルを起こしたりする人を嫌がって避けることもなくなるかもしれません。
でも、こういうときは 自分の真意をはっきり伝える事=自分を大事にしていることになります。
「気持ちはわかったけれど、私は~したい」
「そんなに遅刻をされてこられると、私は困る」
言えないで、気持ちにふたをしていると、段々自分の態度が不親切になっていったり、
相手の事が負担になってきます。
そんな自分の事も嫌になってしまいます。

考えてみると波風立たないようにするのは真の優しさというよりも 
ただ境界線をどのように引いたらよいのかわからないだけであったり、
境界線を引いたら冷たい人になるかもしれない事が怖い、
人の目を気にするという罠にはまっているだけなのかもしれません。
でも自分が冷たい人間でない事を知っているならば、恐れる必要はないんですよね。

同じく 境界線のあやふやな人が周りにいると 自分も境界線があやふやで、
混乱した状況を生み出すということもありますが、それもやはり鏡の法則なのかなと思います。

境界線の曖昧な人は 境界線を引いている人を 
なんだか 冷たいと感じることがあるかもしれませんが、
自分が境界線を引けるようになると、また見方を変えることが出来て、その人は
冷たいのではなく、境界線を引いているのだという認識ができるようになると思います。

自分のニーズは自分で満たす、他人は他人のニーズを各々で満たす責任があり自分まで
責任を負う必要はないということを わきまえる必要があります。
でも、本当に助けが必要なとき 自分の気持ちを言うことはできます。
でも 相手が必ず自分の意図をかならずしも汲んでくれると期待はしてはならないわけです。
相手も ここで 境界線を引きます。出来るかもしれないし、できないかもしれません。
気持ちや体力、価値観や時間の余裕などによって決まります。
それらを犠牲にしてまで他の人を手伝うと苦しくなります。
できないからといって 愛されてないわけではないのです。
自分が弱かったり、依存心が強いと この境界線を保つのが 非常に難しいと思いました。
「愛しているのだったら ○○してくれるはず」という せりふは よく聞きますが、
こういう圧力に呑みこまれてしまうと また 境界線があやふやになってゆきます。
親が子供にそういう圧力をかける事も多いですし、カップルでこのような事態になる事も
よくあります。
でも 断れない、言いたいことをいったら、相手は怒るかもしれないし、不機嫌になったら
こちらも気まずいし・・嫌われたくないし,がっかりさせたくないしという方もおられるでしょう。
相手が健全な境界線がないと そういう事態になるかもしれません。

でも遠慮をして自分のニーズを伝えていく事をしなければ 自分のイライラが募る一方です。
後で我慢が限界に達し、恨みの感情も出てくる可能性もあります。
相手が健全な境界線意識を持っていなければ、「冷たくされた、嫌われた」と感じて
去っていってしまうかもしれません。或いは攻撃してくるかもしれません。
でも長い目で見れば、相手の依存心を助長させないという親切になるのでは?
と思います。(そのときは 多分気がつかないで終わる)

自分がまず境界線を引いていく事によって、最終的に楽で健全な人と
健全な人間関係を築いていけるのではと思います。
他人に自分の精神的、肉体的、感情的テリトリーに、侵入されず守り、
また自分も相手のテリトリーを尊重できる、そんな関係。
気軽にNoといっても、愛し合える関係。
顔色を気にしなくてもいい関係。
そんな関係を手に入れたいですね。

テーマ:AC(アダルトチルドレン) - ジャンル:心と身体

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